居酒屋に正社員で入って、最初に驚いたことがあります。
仕事を教えてくれるのは、店長ではなかったんです。実際に横についてくれて「それはこうやるんですよ」と教えてくれたのは、私より年下のアルバイトさんたちでした。
先輩は、みんな年下だった
当時の私は22歳。厨房もホールも右も左も分からない新入社員です。一方、店を実際に回していたのは勤続2〜3年の古株アルバイトたち。といっても、年齢は私より2歳ほど下。年下なのに仕事は完全に先輩、という不思議な関係でした。
顔ぶれを思い出すと、こんな感じです。
- ホールも厨房もオールこなせる子:頼られていて、店の中心にいました
- ホール専門の子:仕事はできる。でも、ちょっと煙たがられている子もいました
- 厨房の担当:3人ほど。おおらかな子もいれば、厳しい子もいた
タイプはいろいろでしたが、全員に共通していたのは私より仕事ができたこと。この一点が、すべてでした。
「声、出てませんよ」年下に言われても
厳しい子には、よく言われました。
「声、出てませんよ」「声、出してください!」
「いらっしゃいませ」も言えなかった私にとっては、耳が痛いどころの話ではありません。しかも、言ってくるのは年下です。
でも、不思議とモヤっとはしませんでした。理由はシンプルで、その時の私は、まだ仕事ができなかったからです。
今も手が覚えている、彼らに教わった技術
「年下に教わった」といっても、精神論の話だけではありません。今も手が覚えている技術を、彼らからもらいました。
私が居酒屋で任されていた持ち場のひとつが、寿司でした。そこで教わったことを、いくつか書いておきます。
玉子の飾り切り
まず寿司の玉子の飾り切り。同じ玉子でも、切り方ひとつで皿の上での見え方がまるで変わります。ただ四角く切って乗せるのと、飾り切りをして乗せるのとでは、お客さんの反応が違う。味を変えずに価値を上げられる技術だと知ったのは、この時でした。
巻き寿司をきれいに巻く3つのコツ
そしてもうひとつが、巻き寿司の巻き方です。家でやると具が偏ったり、のりが閉じなかったりしますよね。教わったコツは、大きく3つでした。
① のりの上部は1.2cmほど空ける
のりの奥側に、酢飯を乗せない部分を作っておきます。ここが「のりしろ」になり、巻き終わりがぴたっと閉じます。全面に酢飯を敷いてしまうと、閉じ口が浮いて崩れる原因になります。
② 酢飯は「両端が高く、真ん中が低く」
これが一番のコツです。酢飯を平らに敷くのではなく、手前と奥を少し高く、具を乗せる中央を低くしておく。
理由は、巻いたときに具の厚みぶん中央が盛り上がるからです。あらかじめ中央を低くしておけば、その分が吸収されて太さの均一な、きれいな丸に仕上がります。平らに敷くと、どうしても中央が太い不格好な形になります。
③ 具は中央にまっすぐ置く
当たり前のようで、これが崩れると全部が台無しです。具が寄っていると、切ったときに断面の柄が偏る。巻く前の置き方で、仕上がりはほぼ決まっています。
どれも大した話ではありません。でも知らなければ一生きれいに巻けない種類の知識です。そしてこれを教えてくれたのは、店長でも料理長でもなく、私より2歳下のアルバイトでした。
教わっている間は、年齢は関係ない
これは今の年齢になっても変わらない、私の考えです。
仕事を覚えるまでは、教えてもらっている立場。相手が年下だろうが後輩だろうが、できない自分が頭を下げて教わるのは当たり前です。ここで「年下のくせに」とプライドを出す人は、たぶん一番損をします。覚えるチャンスを、自分から捨てているようなものだからです。
逆に、そうやって損をしている人も見てきました。
プライドが高くて、アルバイトさんに質問できない人です。分からないことがあっても、聞く相手を社員だけに限る。「バイトに教わるのはちょっと」という空気が、態度に出てしまっている。
こういう人は、なかなか伸びません。 理由は単純で、聞ける相手を自分から減らしているからです。
そしてはっきり言いますが、現場の作業そのものは、アルバイトさんのほうができることが多いです。毎日その持ち場に立っているのだから当然です。(もちろん、アルバイトから社員になった人は別で、この人たちは現場も強い。)
肩書きと、現場の技術はイコールではありません。「誰に聞くか」を役職で選んだ瞬間に、覚えるスピードは落ちます。
教え方の上手い下手より、教わる姿勢
もうひとつ気づいたことがあります。
私に教えてくれた古株たちは、言い方がやわらかい子もいれば、厳しい子もいました。でも振り返ると、誰から教わったかで身につき方が変わった記憶がありません。
結局、こちらに「教わっている」という自覚さえあれば、どんな言われ方でも素直に吸収できるんです。逆にその自覚がないと、どれだけ丁寧に教えてもらっても入ってこない。
おかげさまで、私は仕事ができるようになりました。それは彼らの教え方が特別上手かったからではなく、こちらが教わる気でいたからだと思っています。
私が入社3ヶ月で代行を任せてもらえた背景にも、この姿勢があったと思っています。任される人と任されない人の差は、結局「素直に教われるかどうか」が大きい。
年の近さにも助けられました。彼らも「同期に近い先輩後輩」くらいの感覚だったのか、私が立場を上げてからも普通に協力してくれたんです。(ちなみに私自身は、半年ほどでその店から別の店へ異動になりました。)
教わり方には、ちょっとした作法がある
ここで、私なりの教わり方も書いておきます。やっていたのは、この2つだけです。
① 一度教わったら、あとは自分で練習する
同じことを何度も聞くのは、教える側の時間を奪います。だから一度教わったら、あとは繰り返し自分でやる。手を動かして覚える。「教わる回数」より「やった回数」で差がつきます。
② 先輩の仕事を、こっそり盗み見る
これがけっこう効きました。教えてもらう場面だけでなく、普段その人がどうやっているかを見る。手の順番、道具の置き場所、力の入れどころ。言葉で説明されない部分こそ、差が出るところです。
ポイントは、見ていることに気づかれないように見ること(笑)。じっと見つめられると誰でもやりにくいですからね。自分の作業をしながら、視界の端で追いかける。この「ながら観察」が、いちばん自然に技術を持ち帰れる方法でした。
任される人と任されない人の差は「観察」だったと別の記事で書きましたが、その観察力は、この時期に鍛えられたのだと思います。
覚えた”後”は、伝える側に回る
ただ、これには続きがあります。
頭を下げて教わるのは、あくまで「覚えるまで」。ひととおり仕事を覚えたら、今度は自分が伝える側に回る番です。
できない時期は、こちらが徹底的に教える。でも、ひととおり覚えた後は話が別です。店には店の基準があり、それを守ってもらうのも責任者の仕事になります。ゆるんでしまう人、基準を下げてしまう人には、たとえ嫌われ役になっても、必要なことははっきり伝える。それはその人を責めるためではなく、まじめにやっている他のスタッフと、店全体を守るためです。
「教わる時は、とことん素直に。教える立場になったら、言うべきことは逃げずに言う」。この順番を、私はあの年下の古株たちから学んだ気がします。
まとめ
- 最初に仕事を教えてくれたのは、店長ではなく2歳下のアルバイトだった
- 年下に「声出して」と言われても、できない自分は教わる立場。だから素直に聞けた
- この「覚えるまでは徹底的に頭を下げる」姿勢は、今も変わらない
- 教わった技術は残る。玉子の飾り切りも、巻き寿司のコツも、今も手が覚えている
- 一度教わったらあとは練習と「ながら観察」。見ていることに気づかれないのがコツ
- 聞く相手を役職で選ぶ人は伸びない。現場の技術は肩書きと一致しない
- ただし覚えた後は、伝える側・基準を守る側に切り替える。この順番が大事
年下から教わるのは、恥ずかしいことでも何でもありません。むしろ素直に教われる人ほど、早く一人前になれる。これは飲食に限らず、どんな仕事でも同じだと思います。


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