「接客が苦手なのに、なんで10年も続けられたんですか?」
もし当時の自分が聞かれたら、たぶん答えに詰まったと思います。でも今なら、はっきり言えることがいくつかあります。
このブログのタイトルどおり、私は接客が大の苦手なまま居酒屋に入りました。「いらっしゃいませ」も言えなかった人間です。それでも結果的に10年勤め、店舗責任者まで務めました。この記事では、続けられた理由を、きれいごと抜きで書きます。
苦手は「いつの間にか」慣れる
まず正直なところから。しばらくは、ずっと苦手でした。
ただ、いつしか慣れていました。「この日から平気になった」という劇的な転機は、正直もう思い出せません。気づいたら普通にやれていた、というのが本当のところです。
苦手を克服しようと気合を入れた記憶より、目の前の仕事をこなしているうちに、いつの間にか苦じゃなくなっていた感覚に近い。だから今、接客が苦手で毎日きつい人には言いたいんです。「克服しよう」と力まなくていい。続けていれば、ある日ふと「あれ、平気になってる」と気づく日が来ます。
辞めなかった一番の理由は、正直に言えば「給料」
かっこいい話をしたいところですが、本音を書きます。
一番の理由は、給料でした。
勤務時間は長かった。15時出勤・翌朝5時退勤の生活です。でもその分、給料は良かった。そして当時の私には、趣味の車がありました。稼いだお金を車に注ぎ込めた。これが、しんどい日を乗り切る燃料になっていたのは間違いありません。
「好きなことのために働く」——動機なんて、これで十分だと思うんです。仕事そのものを愛せなくても、仕事の先にある楽しみがあれば人は続けられます。
もうひとつの理由:厨房が好きだった
そしてもうひとつ、大きかったのが調理が好きだったことです。
特に好きだったのは刺し場。刺身、サラダ、寿司などを担当する持ち場です。
刺身を引くときのコツを、ひとつだけ。刺身は角を立てる。 切り口の角がピシッと立った刺身は、それだけで見た目が違うし、口に入れたときの食感も変わります。包丁の切れ味と、迷いのない一引き。ここに集中している時間は、接客の緊張から解放される時間でもありました。
接客が苦手な人ほど、「これなら自分は戦える」という持ち場を店の中に作っておくといいと思います。ホールで消耗した日でも、そこに戻れば呼吸が整う。避難所であり、自信の置き場所です。
もうひとつの避難所:ドリンク係
ちなみに、もっと手軽な逃げ場もありました。ドリンクを作る係に逃げるんです。
ホールがしんどい日、注文を受け続けるのがきつい日は、さりげなくドリンクづくりに回る。カウンターの内側で、生ビールを注いだりサワーを作ったりしている時間は、お客さんと正面から向き合わなくて済みます。手は動いているので、サボっているわけでもない。店の中で完結する、合法的な避難です。
接客が苦手な人は、こういう「逃げ先」をいくつか持っておくと、ぐっと楽になりますよ。
接客が上手い人との、たったひとつの違い
10年やって気づいた、接客が得意な同僚と自分の違い。それは技術でも性格でもなく、「上手に話せるかどうか」、ただそれだけでした。
会話が自然に弾む人は、確かにいます。あれは才能です。私にはありませんでした。
でも、笑顔は違いました。
私がやったのは、お客さんと目が合ったら意図的にニコニコする、それだけです。心から嬉しいわけでも、楽しいわけでもない。ただ「目が合ったら笑う」を、機械的に繰り返しました。
そうしたら、どうなったか。いつしか普通にできるようになっていました。 それどころか、プライベートでもニコニコするのが習慣になっていたんです。仕事で身につけた型が、素の自分を書き換えていた。
接客は才能じゃなく「型」だといつも書いているのは、こういう実感があるからです。形から入ったものが、いつの間にか中身になる。順番は逆でいいんです。
ちなみに副作用もあります。10年ニコニコし続けた結果、ほうれい線がしっかり残りました。 職業病ですね。でも、笑顔が板についた証拠だと思えば、悪くない勲章です。
常連さんが増えるほど、仕事は楽になる
もうひとつ、接客が苦手な人に伝えたい大事なこと。
常連さんが多くなればなるほど、接客はやりやすくなります。
理由は単純で、常連さんとの会話は「初対面の会話」ではないからです。顔を知っている、好みを知っている、前回の話の続きがある。ゼロから場を作らなくていいんです。会話が苦手な人にとって、これがどれだけ楽か。
そして常連さんは、こちらが少々口下手でも、向こうから声をかけてくれます。苦手な私が救われた場面は、数えきれません。
だから、店に立ち始めたばかりで「会話が続かない」と悩んでいる人は、焦らなくていい。通ってくれる人が増えるほど、仕事は勝手に楽になっていきます。 今のしんどさは、常連さんがまだ育っていないだけかもしれません。
今、接客が苦手で辞めようか悩んでいる人へ
最後に、当時の自分と同じ場所にいる人へ。何を伝えるか正直かなり迷ったのですが、やっぱりこれです。
笑顔です。
基本的に、こちらが笑顔を出せば、相手も笑顔で返してくれます。そして会話のコツをひとつ。話の最後に、少し笑う。 たったこれだけで、相手もつられて笑ってくれます。
そうすると何が起きるか。自分の気持ちが、かなり楽になるんです。相手の笑顔が返ってくると、「あ、大丈夫だった」と安心できる。この安心の積み重ねが、苦手意識を少しずつ溶かしていきます。
もちろん、通じない方もいます。何をしても笑ってくれない人はいる。でも10年やった経験から言えば、ほぼほぼ通用します。
接客が怖いのは、相手の反応が読めないからです。だったら、先にこちらから安全な合図を出してしまえばいい。笑顔は、そのための一番簡単な道具です。
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道具の話:柳刃包丁
本文に書いた「刺身は角を立てる」を家でやるなら、刃の長い柳刃包丁が必要です。刺身は押して切るのではなく、手前に一気に引いて切るもの。短い包丁で往復させると、どうしても角がつぶれてしまいます。
まとめ:苦手なままでも、10年はやれる
- 苦手は「克服」しなくていい。続けているといつの間にか慣れる
- 動機は不純でいい。私の一番の理由は給料と、趣味の車だった
- 店の中に自分の持ち場(避難所)を持つ。私にとっては刺し場だった
- 会話の才能は要らない。目が合ったら笑うを機械的に続ければ、いつか素になる
- 常連さんが増えるほど、接客は楽になる
- しんどい日はドリンク係に逃げる。逃げ先を持つのも技術のうち
- 迷ったら話の最後に少し笑う。相手も笑い返してくれて、自分の気持ちが楽になる
接客が苦手なまま接客業を続けるのは、恥ずかしいことでも、逃げでもありません。私は苦手なままスタートして、気づけば10年、店を任される立場になっていました。
苦手だから向いていない、ではないんです。苦手なりのやり方が、ちゃんとある。 それだけの話です。
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