店の責任者になると、避けて通れない仕事があります。
指示を出すことです。
相手は年下の学生アルバイトから、自分より年上のパートさんまでさまざま。しかも私は接客が苦手なまま責任者になった人間なので、「人に指示を出す」こと自体、最初はかなり気の重い仕事でした。
10年やって落ち着いた、私なりの指示の出し方を書きます。難しい理論はありません。全部、現場で固まったやり方です。
基本:変えるのは「内容」やなくて「敬語」だけ
まず、年下と年上で指示をどう変えるか。
私の答えはシンプルです。変えるのは言葉づかいだけ。内容は変えない。
- 年下には——「これやって」「やっといて」
- 年上には——「これやってください」「やっておいてください」
それだけです。
頼む内容を年齢で変えたり、年上だから遠慮して指示をぼかしたり——それをやると、かえって伝わらなくなります。以前も書きましたが、指示する立場であることと、敬意を払うことは別の話。敬意は敬語で示し、指示ははっきり出す。この線引きが、結局いちばんお互いに楽です。
ピーク時の鉄則:焦っている子ほど「いつも通り」
金曜の夜、注文が立て込んでいる時間帯。指示の出し方は変わるのか。
基本は変わりません。ピーク時は、ちょっと急がせるくらいです。
ただし、ひとつだけ例外がありました。これが今日いちばん伝えたいことです。
焦ってあわあわしている子には、急かさない。むしろ落ち着かせて、いつも通りに指示する。
考えてみてください。すでにテンパっている子に「急いで!」と言葉を重ねたら、どうなるか。余計にテンパるだけです。手は速くならず、ミスが増える。グラスが割れ、注文が飛び、さらに焦る。悪循環です。
だから、あわあわしている子を見つけたら、こちらのトーンを一段落とす。「大丈夫、いつものやつを、いつもの順番でね」——焦りは伝染しますが、落ち着きも伝染します。責任者が急いだ声を出していい相手と、いけない相手がいる。この見極めが、ピークを回すコツでした。
よくある事故:新人同士が、同じことをやっている
指示のすれ違いで、いちばんよくあったパターンを書きます。
気づいたら、2人が同じ作業をやっている。 特に新人同士でこれが起きます。
理由は分かっていて、新人は「何かやらなきゃ」という気持ちが強いから、目についた仕事に飛びつくんです。それ自体は良いことなんですが、隣の子も同じ仕事に飛びついていることに気づかない。結果、おしぼりの補充に2人がかり、その間ドリンクは誰も作っていない——ということが起きます。
対策はひとつだけです。指示は「誰に」を名指しで出す。
「誰かこれやっといて」は、指示ではありません。全員に言った言葉は、誰のものでもなくなる。「○○さん、これやって。△△さんはそっちお願い」——名前と仕事をセットにするだけで、かぶりはほぼ消えます。
大型店では「全員に出さない」
もうひとつ、店の規模で変わる話を。
小さい店なら、責任者が全員に直接指示を出せば回ります。特別なコツは要りません。
でも大型店舗では、それをやると破綻します。スタッフの人数が多すぎて、責任者が指示を出すことそのものがボトルネックになるからです。全員が自分の指示待ちになったら、店は止まります。
だから私が大型店でやっていたのは、こうです。
ホールの古株1人、調理場の古株1人にだけ指示を出す。そこから先は、その2人に他のスタッフへ指示を出してもらう。
自分 → 各持ち場の古株 → 各スタッフ、という二段構えです。軍隊ではないですが、要は指揮系統です。これなら自分は店全体を見ることに集中できるし、古株にとっては「任されている」という信頼の証にもなる。任せることは、人を育てることでもあります。
ちなみにこの形が機能するのは、日頃から古株との関係ができているからです。指示系統は紙に書いて作るものではなく、普段の信頼の上に乗るものでした。
やってしまいがちな、伝わらない指示
最後に、逆パターンも整理しておきます。現場でよく見る「伝わらない指示」は、だいたいこの3つです。
① 曖昧な指示——「あれ、いい感じにしといて」。ベテラン同士なら通じますが、新人には暗号です。何を・どこまで・いつまでに、のどれかが抜けていたら、それは指示ではなくつぶやきです。
② 作業しながら、背中で言う——手元を見たまま口だけで指示を出すと、誰に言ったのか分かりません。一瞬でいいので相手の方を向いて、名前を呼んでから言う。それだけで通り方が変わります。
③ 一度にまとめて言いすぎる——「あれやって、それ終わったらこれで、あとあっちも」。3つ以上並べると、最初の1つしか残りません。急がば回れで、1つ終わったら次を言うほうが結局速いです。
どれも悪気なくやってしまうものばかりです。私も全部やった経験があります。伝わらなかったとき、責めるべきは相手の理解力ではなく、たいてい自分の出し方でした。
まとめ
- 年下には「やっといて」、年上には「やっておいてください」。変えるのは敬語だけ、内容は変えない
- ピーク時は少し急がせてOK。ただし焦っている子には逆に「いつも通り」。焦りも落ち着きも伝染する
- 新人同士の作業かぶりは「誰に」を名指しで防ぐ。「誰か」は指示じゃない
- 大型店では古株各1人に出して、そこから展開。責任者は全体を見る係になる
指示が上手い人は、声が大きい人でも、威厳のある人でもありません。相手の状態を見てから口を開く人です。
接客が苦手だった私にもできたので、たぶん誰にでもできます。


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